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第2回しずおか哲学caféのテーマが決まりました!今回は、「家族とは何か?」というテーマで、みなさんと一緒に考えたいと思います。スノドカフェ でお待ちしております!


第2回しずおか哲学café

テーマ:家族とは何か?
ファシリテーター:古賀琢磨
日時:2019年6月1日(土)
15:00~18:00(14:30~受付&テーブルトーク)
場所:スノドカフェ七間町(静岡県静岡市葵区七間町7-8)
参加費:一般1,000円,学生500円(フリードリンク・お菓子付)
申込み:不要

「家族」は望ましいものとして語られることがあります。家族旅行は、子どもに多くの体験をさせてくれるでしょう。家族の間では見返りのない支え合いが行われることが多々あります。子を産み育て、介護や看護を必要とする人を支えるに止まらないかもしれません。単に「ただ家族がいる」ということが安心感をもたらす可能性はあります。

こうした「望ましい家族」は、しばしば、父親、母親、子ども、祖父母からなる家族と結びつけられます。しかし家族の形はもっと色々なものがあっても良いと考える人たちもいます。世界的には、同性婚が広まりつつあります。三人婚が許されている国もあります。結婚せずに精子提供を受けて産んだ子どもと母親の家族という形もありうるでしょう。あるいは映画『万引き家族』のように、性愛も血縁関係もない家族だってありえます。

その一方で、制度の上でも、意識の上でも、家族の形はかなり限定されています。そうした限定に何らかの意味はあるのでしょうか。むしろそうした限定は恣意的であり、もっと多様な家族も受け入れるべきでしょうか。しかし、多様なものを家族として認めた時、そもそも家族の本質とは何なのでしょうか。

私たちは、多くの人に家族がいることを前提とした社会の中で暮らしています。しかし、そもそも、家族とは何なのか、はっきりと答えられるでしょうか。血の繋がりをもとにしたつながり?子どもを産むための仕組み?愛によって結ばれた関係?共依存の当事者たち?助け合う特別な仲間?やらなきゃいけないことを増やすしがらみ?かけがえのないもの?お金を払えば代わりがあるもの?

今回は、多様な家族の可能性を検討することを通じて、家族とは何かをみなさんとともに考えたいと思います。

世話人の堂囿(どうぞの)です。今月6日に、第1回しずおか哲学カフェが開催されました。「何人の方が来てくれるだろうか…」とドキドキしていましたが、最終的には20名の方にご参加いただきました。足を運んでくださったみなさま、本当にありがとうございました!!

今回は、「受精卵の遺伝子を操作することは許されるか」というテーマで議論を行いました。私たちの議論で中心となったのは、社会ですでに受け入れられている科学技術と受精卵の遺伝子操作に違いはあるのかというものでした。「違いはない」と考える立場からは、次のような議論が提示されました。「確かに遺伝子操作にはリスクがあるかもしれないが、私たちが今日利用している科学技術も、導入当初はリスクゆえの反対論が存在した。こうした反対論を押し切る形で導入された科学技術の中には、今の社会にとって必要不可欠なものもある。そうだとすれば、反対論に振り回されるべきではない。」

これに対しては、これまでの技術と遺伝子操作との「違い」を強調することにより、慎重に考慮すべきという意見や反対の意見が提示されました。「受精卵の遺伝子操作を認めれば、結果として似通った(知的・身体的に一定の性質をもった)人間が生まれることになり、環境の変化に適応できなくなるのではないか」という生物学的な懸念や、「そもそも操作すること自体が、生まれてくる子どもを人として尊重せず、モノとして扱っている」という倫理的な懸念が、そうした意見の背景にはありました。

しかし、倫理的な懸念にもとづく議論に対しては、「子どもの病気を治すことはモノ扱いではないから、少なくとも治療のための操作は認められるのではないか」という部分的容認論や、「私たちの社会は親が子どもの能力を強化することを認めているのだから、治療だけではなく改良も認めるべきではないのか」という全面的容認論の双方から批判が提起されました。ただし、これらの批判を受けてもなお、「<操作>と<子どもに対する責任>は両立するのだろうか」「操作を認める社会は優しさを失うのではないか」といった違和感が消え去ることはありませんでした。残念ながら、こうした違和感が、根拠のない恐怖に過ぎないのか、それ以上の根拠をもつものなのかを明らかにするまでには至りませんでした。今後、このカフェを継続していくいく中で、このテーマを引き続き考えていきたいと思います。

次回のしずおか哲学カフェは、6月1日(土)です。参加者のみなさんと決めたテーマは「家族」、ファシリは古賀さん(ホワイトボードの前でピースしている人)です。来月半ばには、このFacebookであらためてお知らせします。スリリングな会になること間違いなし(ですよね、古賀さん?)、ご期待下さい!!

第1回しずおか哲学caféのテーマが決まりました!今回は、受精卵に対するゲノム編集について、みなさんと一緒に考えたいと思います。スノドカフェ でお待ちしております!


第1回 しずおか哲学café

テーマ:受精卵の遺伝子を操作することは許されるか?
ファシリテーター:堂囿俊彦
日時:2019年4月6日(土)
15:00~18:00(14:30~受付&テーブルトーク)
場所:スノドカフェ七間町(静岡県静岡市葵区七間町7-8)
参加費:一般1,000円,学生500円(フリードリンク・お菓子付)
申込み:不要

昨年末、中国の研究者が、生まれる子どもがHIVに感染しないように受精卵の遺伝子を操作し、実際に子どもが生まれたことを明らかにしました。この行為に対しては、「実験段階の技術を応用するのは問題だ」といった安全性の問題や、「より安全な方法でHIVを回避することは可能だ」という必要性に関する疑問が呈されました。確かに、安全かどうか分からず、必要でもない操作を行うことには大きな問題がありそうです。

しかし、安全性の問題は、やがて解決される可能性があります。そのとき私たちは、受精卵の遺伝子操作とどのように向き合うべきでしょうか。

一つ目の考え方は、安全であるなら後は親の選択に任せるというものです。親は子育てに関してかなりの決定権をもっています。子どもの遺伝子を編集することも、基本的にはそうした決定権に含まれると考えられるかも知れません。

二つ目の考え方は、一定の条件下で利用を認めるというものです。というのも、そうした条件によって、遺伝子操作によって生じうる問題を回避できるかもしれないからです。例えば、親の選択に任せていては、操作によって有利な能力を身につけた子どもと、操作なしに生まれた子どもとの間に格差が生まれることになってしまうかもしれません。

三つ目の考え方は、いかなる形であれ受精卵の遺伝子操作は認めないというものです。この立場は、「神への冒涜」といった宗教的な背景から訴えられることもあれば、「受精卵の操作は未来世代にも影響を与えるのであり、そうした影響を知るのは困難である」という予防的な配慮にもとづくこともあります。

もちろんこれら三つ以外の立場もありえますし、別の理由から上に挙げた立場に賛成することもできるでしょう。初回のしずおか哲学caféでは、みなさんとともに、将来世代の遺伝子操作について考えてみたいと思います。

2019年4月より,しずおか哲学caféが始まります!開催は偶数月の第一土曜日,場所はスノドカフェ七間町です.話し合うテーマは,決まり次第,このホームページとFacebookページでお知らせします.おいしいコーヒーとマフィンを楽しみながら,みなさんと哲学できるのを楽しみにしています!

2019年度開催日

4月6日/6月1日/8月3日/10月5日/12月7日/2020年2月1日

会場

スノドカフェ七間町 http://sndcafe.net/shopinfo/sc7

参加費

1,000円 (学生 500円)*フリードリンクとお菓子付

時間

15時から18時(受付14時30分~)

https://wwp.shizuoka.ac.jp/shizuoka-philocafe/wp-content/uploads/sites/264/2019/03/66c85c05103a451a22c353da73f68057.pdf