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第20回しずおか哲学caféのご案内

次回のテーマをお知らせします。

テーマ 「私たちはなぜ数学に無関心なのか」
開催日    6月4日(土)
時間     15:00~18:00(受付開始:14:50~)
場所     Zoomミーティング(URLは参加申込をされた方にお知らせします)
参加費    無料
申込み こくちーず(クリックすると申込画面へ移動します)

先日、とある議員が「三角関数はその分野に進む学生にだけ学ばせれば良い」といった旨の発言し、これを巡ってネットでは様々な反応がありました。ここで言われる「三角関数」というものが「数学」の代表例であるとすれば、これは数学についての発言だと考えて良いと思います。日常的に数学に触れている身としては非常に遺憾に思いますが、この発言にどこか賛同できる人がいるだろうということも想像に難くありません。

実際には、三角関数に限らず、わたしたちの世界では数学がなくてはならないものとなっています。三角関数が無ければ電子機器の製造はおろか、建築もできないでしょう。その他にも飛行機を飛ばせるのも、安心して通話できる暗号技術があるのも、明日の天気がわかるのも、その他にもありますが、わたしたちは数学の恩恵によるところが大きいはずです。
にもかかわらず、先述の議員の程ではないにせよ、数学に対して関心をもつ人は多くないようにも思います。歴史を題材にした番組、例えば大河ドラマなどがそうですが、こういったものは非常に関心が向けられています。この他にも美術のドキュメンタリーや、生物が中心となる作品、また、天文学者や化学者などが関心を集めることがあるにしても、数学に同様の関心が向くことは極めて稀だと思います。

以上のような数学の有用性と、数学への無関心のように、なぜ同じ数学に対してこれ程ギャップがあるのでしょうか。数学が馴染みのない言語を使っているためでしょうか。しかし、将棋などのように複雑で理解しづらいものでも、数学以上に関心を集めているものもあります。数学が関心を集めにくい理由があるのでしょうか。

今回は、ファシリテーターが個人的に感じる問題意識から、なぜ多くの人にとって有用であるはずの数学にあまり関心が寄せられないのか、ということをみなさんと議論したいと思います。人類で共有できるはずの数学に対して、このような無理解があるのはなぜなのでしょうか。数学はわたしたちにとってどのような存在なのか、という問いを目指して考えていけたらと思います。(文責・ファシリテーター:兒玉虎月)