【日本史分野】古文書展・学生研究発表会にむけて現地巡見を行いました

10月16日に、例年実施しています現地巡見を行いました。これは、キャンパスフェスタでの展示と、12月の学生研究発表会を控えて事前に現地を踏査することを目的としています。

今年度は興津宿の江戸時代の史料を扱っていますので、清水区興津地区を対象としました。秋晴れのもと、JR興津駅から旧東海道(国道1号線)沿いに西へ向かい、東本陣跡・西本陣跡を経由して清見寺まで、その後は坐漁荘(西園寺公望の別邸)を見学したのち途中で抹茶アイスクリームを食して駅へと戻るコースをとりました。

清見寺では琉球の具志頭(ぐしちゃん)王子の墓所を詣でました(*)。今回の調査では江戸時代の琉球使節についても分析していますので、一同思うところがあったようです。

見所も多く、1万2000歩以上歩きましたので、なかの人は2kgは痩せたのではないかと喜んでいる模様です。

具志頭王子の墓所

 

 

 

 

 

 

 

清見寺から清水湾を望む

(*)慶長14年(1609)、琉球は薩摩藩の侵攻をうけて降伏。翌年に薩摩藩主と、琉球国王の尚寧王・弟の具志頭王子は家康・秀忠へ謁見するため江戸を目指します。途中の駿府で家康に謁見したのちに具志頭王子は病にて死去。家康の命で海を見はるかす清見寺の現墓所に葬られたとされています。

【日本史分野】夏の古文書集中調査を行いました

日本史学研究室では静岡市歴史文化課との連携で市内古文書の整理を進めています。その一環で、毎年夏季休業中には、2年生から4年生の多くが参加する集中調査を実施しています。

今回は9月8日から10日までの3日間にわたり、目録班と撮影班にわかれて担当を交代しながら、市内の3つの家の史料群を対象に行いました。

日々少しずつ目録作成と撮影を行ってはいますが、この期間に一気に進めてしまおうという算段です。

手前が目録班、後ろが撮影班です。諸事情により少なめに見えますが、もっと参加しております。

目録作成・撮影は、地道ではありますが、貴重な文化財を後生に伝えるためには欠かすことのできない作業です。この作業を経ることで、学生のみなさんにはそのノウハウの一端を会得してもらうだけでなく、将来、日本史と無関係の職場に就職しても、文化財保全の意義を理解する市民となってもらえればという思いも持っています。

ともあれ、今年も無事故・無違反(?)でつつがなく終了しましたこと、なによりでした。参加された学生のみなさんと、ご加勢いただいた各地の学芸員・卒業生のみなさまはお疲れ様でした。

2026年度日本史分野新3年生遠足を行いました

「神の道」をゆく神々

5月某日、日本史分野では恒例の新3年生の遠足を行いました。今年度は近年では例になかった三保方面へむかいました。

JR清水駅からバスで向かい、まずは御穂神社を見学しました。

つづいて「神の道」を進んで、日本史分野の卒業生も勤務している「みほしるべ」を訪れ、そのガイドのもと三保松原の歴史や抱える課題などを学びました。

あわせて、松原にて松葉かき体験を行いました。松葉かきを行わないと土が肥沃になりすぎて松が枯れてしまうそうで、世界遺産の景観保全にも大変なご苦労があることを体験的に学ぶことができました。

最後に、「羽衣の松」を経て三保松原の海岸でしばしたそがれ、お茶屋でアイスクリームを食べてタイムアップとなりました。

「みほしるべ」の方々には色々とお世話になりました。お礼申し上げます。なお、その後学生の皆さんは静岡の夜の街に消えていったと聞いています。

羽衣の松の解説をうけています

海よ~おれの海よ~♪

日本史分野の授業紹介

今年度後期、日本史分野の3年生は、「日本史学史料講読Ⅱ」を受講しています。これは、近世史料の輪読を行うものです。今年度は、慶長16年(1611)から同20年にかけての徳川家康の日々の動向を記録した『駿府記』(続群書類従完成会刊行)を読んでいます。

輪読にあたっては、いつ、誰が、どこで、何をした(何を言った)、といった、いわゆる5W1Hを正確に把握することを心がけています。その際、行為の主体が誰であるか明示的ではなかったり、よく読まないと読み取れない場合が多く、たとえば敬意表現や助動詞の「被(らる)」「可(べし)」に注意するなどしながら読み進める必要があります。

また、言葉の意味や人名を逐一辞書で確認することはもちろん、今回は寛政期に江戸幕府が編さんした『寛政重修諸家譜』(かんせいちょうしゅうしょかふ)から人物比定を行ってもらっています。受講生の志望する時代は近世に限られませんが、日本史学を学ぶうえで、史料の使い方も会得してもらいたいということです。

寛政重修諸家譜を真剣に調べている人。見つかるかな?

と、まあ難しいことを書いておりますが、基本的にはざっくばらんにやっており、質疑応答も積極的に行ってもらっています。この分野のいちばん面白いところは、史料を皆で読みながら、ああでもない、こうでもないと、ときに気楽に、ときに呻吟しながら議論することにあると思っており、その楽しさと苦しみを体感してもらえればと考えています。

どなたも、最初はとまどうと思いますが、真面目に取り組んでいればすぐにある程度は読みこなせるようになります。日本語ですし。といいつつなかの人もはじめて読む史料のため一部苦戦しておりますが、皆さんと議論することを楽しんでやっています。

秋の空 積もる書籍と ガチャピンと

【開催案内】第53回古文書展・第52回考古展・読書会のご案内

日本史学研究室・考古学研究室では、11月1日(土)・2日(日)の両日、例年通り古文書展・考古展・読書会を開催いたします。
静大祭期間中に開かれるキャンパスフェスタの一環になります。

キャンパスフェスタ in 静岡

◇第53回古文書展「安倍郡大原村内野家文書の調査」
・日時:11月1日(土)・2日(日) 10:00~16:00
・場所:人文社会科学部B棟206教室

2025古文書展チラシ 詳しくは画像をクリックしてください

◇第52回考古展「滝沢鍾乳洞遺跡と行者穴遺跡」
・日時:11月1日(土)・2日(日) 10:00~16:00
・場所:人文社会科学部B棟201教室・202教室

第52回考古展チラシ  詳しくは画像をクリックしてください

また、こちらも例年通りですが、11月1日(土)に日本史・考古学読書会秋季例会を開催いたします。いずれも出入自由ですので、どうぞご参会ください。

◇日本史・考古学読書会秋季例会
・日時・場所:11 月1日(土)13:00~17:20 人文社会科学部B棟301教室
テーマ「地域行政と文化財」
・13:00-13:10 開会あいさつ・近況報告
・13:10-13:45 報告① 新田展也氏「静岡県の総合計画とまちづくり」
・13:45-14:20 報告② 小池裕貴氏「行政視点からみる長野県の文化財保護と文化財専門員の課題(仮)」
・14:20-14:55 報告③ 森山郁真氏「静岡市文化財保存活用地域計画の作成とその後」
・14:55-15:05 学生による古文書展・考古展の紹介
・15:05-15:55 休憩、考古展・古文書展の見学
・15:55-17:20 質疑応答と議論 議論のテーマ「地域行政と文化財」

※秋季例会終了後、懇親会を行います。

秋季例会お問い合わせ:篠原まで Eメール:shinohara.kazuhiro★shizuoka.ac.jp

懇親会お問い合わせ:貴田まで Eメール:kida.kiyoshi★shizuoka.ac.jp

(それぞれ★印はアットマークに変更ください。)

 

なお、静大祭・キャンパスフェスタの期間中は、一般車両による入構が制限されます。お越しの際は公共交通機関をご利用ください。

2025年度日本史分野新3年生遠足を行いました

5月の日曜日に、日本史分野では恒例となっている新3年生の遠足を行いました。

今年度は清水のうち湊として賑わっていた区域を散策しました。

JR清水駅に集合してバスに乗車し、まずは港橋停留所で下車して「甲州廻米置場跡」を見学しました。甲斐国・信濃国の年貢米は、富士川をくだり海に出て、いったん清水湊のこの場所に集積されたのち、廻船で江戸などへ運ばれていたという、江戸期の物流を支えていた由緒ある場所でした。

その後はすべて徒歩で、巴川をわたった先の本町にいたり、清水西宮神社・次郎長生家を見学し、再び巴川をわたり、明治期に次郎長が清水波止場に開業させた船宿「末廣」(復元)で展示とともに次郎長の生涯についてのビデオを視聴させていただき、理解を深めました。

船宿「末廣」の二階。次郎長が開いた英語塾の様子が復元されていました

 

 

 

 

 

 

 

最後にフェルケール博物館を訪れ、半日歩いてきた清水の歴史について学びました。

エスパルスドリームプラザで解散し、学生の皆さんがその後どこへ向かったかは杳(よう)としてしれませんが、曇天ゆえ比較的涼しく、また皆さん以外とこの界隈を訪れるのははじめてだったようで、次郎長を中心に、清水の歴史の一端にふれることができた有意義な一日になりました。なかの人は中年ゆえ疲れました…

フェルケール博物館を見学しました

ドリームプラザと観覧車。その先には港の景観がひろがる…

 

 

2025年度新2年生歓迎静岡歴史散歩を開催しました

5月初旬に、コースの恒例行事でもある静岡歴史散歩を開催しました。

歴史学・考古学コースを選択した新2年生の歓迎と懇親を目的としています。

駿府城東御門・巽櫓を攻めようとしています

賤機山古墳を見学中です

今年度は新静岡セノバに集合し、午前中は西郷・山岡会見碑から静岡県庁本館・静岡市役所本館を経由して駿府城東御門・巽櫓を見学、駿府城公園にて昼食をとりました。

午後は石垣の発掘現場・旧静岡英和女学院宣教師館(ミス・カニンハム)・徳川慶喜邸跡を経て、静岡浅間神社と賤機山古墳の見学を行いました。

その後は、茶町に向かい「Kinzaburo」で「茶っふる」をおやつに小休憩をとり、静岡市茶市場・金座町から静岡空襲の爆撃中心点と静岡銀行本店の建物を横目に、札の辻にいたり解散しました。

教員とともに、静岡市職員のかたの解説もいただきました。また、総勢26名と大人数のうえ、ドイツからの留学生も参加してくれました。

天候に恵まれ、少々暑かったのが難点でしたが、普段であれば見過ごしがちなスポットも多く、その点においても有意義な一日であったかと思います。

【日本史分野】史料調査・撮影を行いました

日本史分野の近世史(江戸時代)では、7月中旬に茅野市にある神長官守矢史料館へ教員と学生とがお伺いして、江戸時代の古文書の調査・撮影を行いました。

守矢家は、古くから諏訪湖の南に鎮座する諏訪大社上社(かみしゃ)の神官を務めていた家です。同社のトップに位置づけられていたのは大祝(おおほうり)を世襲した諏方(すわ)家ですが、大祝は生き神様という扱いであったため、神長官(じんちょうかん)を世襲した守矢家が実際に社務を取り仕切っていました。

諏訪大社上社本宮

諏訪大社上社はさらに前宮と本宮からなり、近代以前には神長官をはじめ、祢宜太夫(ねぎだゆう)・権祝(ごんのほうり)・擬祝(ぎのほうり)・副祝(そいのほうり)の5人の神職が中心となり、神事を斎行していました。明治初年の神仏分離・廃仏毀釈までは神宮寺も存在し、僧侶も多数所属していたようです。また、高島藩(諏訪家)の支配をうけつつも、徳川将軍から神領1,000石を与えられた宗教領主でもあり、藩との交渉や神領支配などの実態なども含め、江戸時代の諏訪大社のようすが守矢家文書からみえてくるのではないかと思われます。

神長官守矢史料館の外観(写真提供:茅野市神長官守矢史料館)

守矢家敷地内の御左口神(みしゃくじ)を祀る神社(写真提供:茅野市神長官守矢史料館)

諏訪大社といえば、勇壮な御柱祭や諏訪湖の御神渡りなどが有名ですが、前述の通り江戸時代の同社は複雑な社中構造(複雑であるほど面白い!)を有し、彼らの協働(時には対立も?)によりつつがなく日常の社務が執り行われていたことも見逃せません。また、明治初年の神領没収や神宮寺の廃寺などをいかに乗り越えてきたのか、そのあたりの苦闘の軌跡も追究できればと考えています。

古文書を撮影しています(写真提供:茅野市神長官守矢史料館)

最後になりましたが、調査・撮影をご許可いただいた茅野市教育委員会のご担当者様と、協力してくれた学生に御礼を申し上げます。